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大阪地方裁判所 昭和39年(わ)3483号 判決 1966年12月15日

被告人 中野富三郎

主文

被告人を懲役一年に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は商社や商会店等の宣伝広告などに使用するため、その需めに応じて録音用磁性テープに宣伝文言とともに、市販の音楽レコード数枚乃至二十数枚の全部若しくは一部を、宣伝文言の前後や背後に写調し、あるいは宣伝文言なしで音楽レコードのみを写調して発行することを業とする日新録音株式会社の取締役にして、同会社の業務一切を指揮統轄しているものであるが、同会社取締役高安幸夫、同社従業員茅野義則等十数名と共謀のうえ、別表1乃至298記載のとおり、昭和三六年一〇月五日頃から昭和三八年一〇月二八日頃までの間二九八回に亘り、大阪市南区河原町一丁目一五一九番地道風ビル内の同会社事務所兼スタジオにおいて、発行の目的をもつて、録音機及びその附属器械等を用い、別表記載の各著作権者(「コロムビア」とあるは日本コロムビア株式会社「ビクター」とあるは日本ビクター株式会社「キング」とあるはキングレコード株式会社「テイチク」とあるはテイチク株式会社「グラモフオン」とあるは日本グラモフオン株式会社「東芝」とあるは東芝音楽工業株式会社を示す)の許諾無くして、別表記載の各音楽レコードの全部若しくは一部を、前示方法により各別表記載分毎に、一本の磁性録音テープに写調複製し、もつてそれぞれ各別表記載レコードの偽作をなしたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は各レコードの写調、偽作毎に著作権法第三七条刑法第六〇条に該当するところ、同一録音テープに収録した分は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、各別表毎に同法第五四条第一項前段、第一〇条により犯情の重い各表冒頭記載の分に対する罪の刑をもつて処断すべく、右各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから所定刑中いずれも懲役刑を選択したうえ同法第四七条、第一〇条により、犯情の重い別表1の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内において被告人を懲役一年に処し、但し情状に鑑み同法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予すべく、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により訴訟費用は全部被告人の負担とする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件テープ録音は、商業用宣伝という目的において、音量等に関する技術上の特徴においてレコードとは異なるうえ、録音テープとレコードとは市場を異にし、競合するものでなくむしろ録音テープがレコードの売行きを促進しているという実際的効果の点からして、それは独創的表現形式であり、通常人においてこれを聞くとき、それをレコードと実質上同じものとはとうてい考え得ないものであるし、また、著作権法は社会、文化の発展向上に対する寄与をもその目的の一としているものであるところ、レコードをテープに録音して聞くことは永年公然と行われてきており、テープ録音を業務とする会社も数あり、その中にはレコードをそのまま写調複製しているものも多いが、これが社会文化向上の要請からするテープ録音利用の実情であり、本件テープ録音の如きを著作権法の写調に当るとしてこれを制限せんとするのは同法の目的に反するものであり、されば被告人の本性行為は著作権法の偽作に当らないので無罪である旨主張する。

よつて按ずるに、著作権法にいう写調、複製ひいて偽作に当るかどうかの区別は、原著作物の内容と新たに作成された物のそれとの間に同一性が認められるかどうかにあると解すべきところ、本件録音テープ中市販の音楽レコードを使用して作成された部分は、それを聞く人をして明らかに該レコードの再製なることを感知せしめるものであり、従つて両者間には同一性が認められるので、本件録音は著作権法の写調に当るといわねばならない。本件録音テープにおける、宣伝文言の存在、音楽レコードとの使用目的の相違、製作技術上の特徴などの点は未だ本件録音テープをして、その基となつた音楽レコードとは別の独創的著作物となす程本質的なものとはいえず、従つてこれらの諸点は右結論を左右するに足りない。また、レコードを録音テープに写調して利用することの社会的実情やその要請は、もつて直ちに、本件の如きテープ録音につき、音楽レコードを著作権法の保護の外に置き、その権利者の許諾なくして自由にこれが写調をなし得るよう同法の写調の意義を解すべしとなす正当な根拠とはなり得ず、その必要あるときには録音者において著作権者の許諾を得て写調をなせば足りまたそうなすべきでありかく解することは著作権法の目的に反するものではなく、反つてこれに適合するものである。されば弁護人の主張には左袒できない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 村上幸太郎)

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